京都地方裁判所 昭和35年(わ)179号 判決 1960年7月04日
被告人 宋哲準 外二名
主文
被告人田中仁志を懲役八月に処する。
被告人宋哲準同林恒英は無罪。
被告人田中仁志に対する昭和三十五年三月十日付起訴状記載の公訴事実に付同被告人は無罪。
理由
被告人田中仁志は
第一、昭和三十四年十二月四日頃京都市上京区千本丸太町上る南小山町バー、ダイヤ事山本誠一方で飲酒の上些細なことに言いがかりをつけ同人に対しビール瓶を更にその妻山本アイ子に対し丸椅子をそれぞれ投付けて各暴行し
第二、知合の内藤正二から革ジヤンパー一着を借受け保管中同年十二月二十八日頃同市中京区聚楽廻中町五十七番地質商神原政造方でほしいままに同人に入質して横領し
第三、同年同月二十九日頃同市同区聚楽廻中西町山陰線踏切警手ボツクスで藤沢賢治に対し同人の着ていたジヤンパーに目をつけそれを貸せと要求し俺の気の短いのを知らんか等と暗にこれに応じないときは暴行を加えるような態度を示して脅迫し威怖させ因てジヤンパー一着の交付を受けこれを喝取したものである。
証拠(略)
法令の適用
第一の暴行の点に付各刑法第二百八条(各懲役刑選択)
第二の横領の点に付同法第二百五十二条第一項
第三の恐喝の点に付同法第二百四十九条第一項
併合罪加重に付同法第四十五条第四十七条第十条
訴訟費用(国選弁護人に支給分)を負担させない点に付刑事訴訟法第百八十一条第一項但書
無罪の点についての判断
被告人三名に対する昭和三十五年三月十日付起訴状記載の恐喝についての公訴事実は被告人等は、京都市中京区油小路通丸太町下る大文字町田園東映劇場(経営者河合藤一)に、係員を脅迫して無料入場しようと共謀の上、昭和三十五年三月二日午後四時過頃、右劇場入口において、いずれも百二十円の入場料を支払わないで、同劇場案内係久保田勢津子に対し、入場させるよう要求し、同女がこれを断わるや、同女に対し、「文句を云うたらあかんぞ。つぶしたるぞ。殺したろか。金払うたらよいのやろ。」等と申し向け、同女が、右要求を更に拒絶し続ければ、如何なる危害を加えるかも知れぬような気勢を示して同女を畏怖せしめ、因つて、同女をして被告人等の無料入場を黙過させ、以つて、財産上不法の利益を得たものであるというのであつて、被告人等が右の日時問題の映画館で所謂無料入場の疑いで警察に連絡され取調を受けるに至つたことは明かである。被告人等はこれについて映画を見るつもりで入つたのではなく又三人一緒に入つたのではない。宋は前から田中に貸していたシヤツを返して貰いたいと思い又田中はこれを返したいと思つて互に探し合つていたのであつて田中は林と二人で宋が本件映画館に入つているかも知れないと思い入口で林から久保田勢津子に対し人を探したいから入れてほしいと頼みその承諾を得て上衣を預けて入つたものであり又宋は二人の姿を見かけあとを追つたが映画館の附近で見失つたのでこれに入つたものと思い同様久保田に探さしてくれと頼んで入つたもので共に何等脅し文句も言つたことはないと主張する。そこで先ず入つたのが三人一緒であつたかどうかが重要な問題点とならざるを得ず即ち一緒であつたとすれば被告人等が互に探し合つていてそのために入つたとの点が崩れ所謂無料入場の疑いが大きく浮び上つて来るからである。この点について証人久保田勢津子は繰返しその一緒であつたことを強調しているのであるが同人の供述を仔細に検討すると人数の点についても三人と言いながら五人来たとも言うのであつてあとの二人については結局要領を得ない等その他矛盾したことを平気で述べ指摘されても気づかない等事物の推移に応じ事後の判断を加えないでその経過を正確に述べなければならないとする証人の適格性に多大の疑いを持たざるを得ず被告人等の言うように林と田中とが入つた後一足おくれて宋が来たとしても一緒に来たと言うかも知れない危険が充分に感じられる。一方被告人等の主張は林の検察官に対する供述調書以外は細部で若干のくいちがいがある点を除き筋に於て一貫し右の主張に一致しているのであつて殊に当初警察に於ては格別打合せをする機会があつたとも思はれないに拘らず同日にしかもそれぞれ三人のちがつた係官の取調べに対する供述の一致した点館内へ入つてからの行動も通常映画を見に入つた場合と異つて居りシヤツを返した形跡も認められる点等から考えると久保田の供述は容易に信用できず被告人等はその主張するように三人一緒に入つたのではなく互に相手を探すために入つたものであつてその間の応待に多少の行過ぎがあつたとしてもこの場合恐喝の要件である所謂無料入場による不法の利得についての意思がないものと言はざるを得ず右認定に反する被告人林の前示検察官に対する供述調書久保田勢津子の検察官に対する供述調書はいずれもこれを措信し難い。仮に久保田の言う所に従い三人一緒であつたとするも入口で林から人を探したいから入らしてくれと言い久保田が探すなら一人にして下さいと言つたのに対し皆で手分けして探した方が早いからと言いその間つぶすとか何とか言つて一緒に入つてしまつたというのであるがその言葉の内容等も必ずしも明かでないのみならずしかもこの場合久保田は人を探すために入るものと思つていたものと認められる。尤も第二回の証言の終頃の段階で無料入場と判つていたと言い出しているが同人の証言の容易に措信し難いこと前示の通りであつてこの点も人を探すと言つて入りながら出て来ないので無料入場と思つたということから当初から判つていたように述べているものであることは同映画館での通常このように人を訪ねて来た人に対する扱い方と第一、二回供述の経過を通じ容易に察知し得るところである。そうだとすると無料入場と知りながら畏怖によつて止むなく入場を黙過したとする所謂不法の利益についての処分行為がないことになるのであつてこれ又恐喝の要件を欠くものと言はなければならない。結局本件公訴事実はその証明がないものとし刑事訴訟法第三百三十六条に従い無罪を言渡すべきものとする。
(裁判官 岡田退一)